110970 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

昇龍圏からの核融合@雅没徒最終本家02

昇龍圏からの核融合@雅没徒最終本家02

1971年

1971年というのは精神的に大事件があったわけで、
こういうときの音楽は印象に残る・・・・・ 

 

 

まずこの年は異常に洋楽が強い。1月11日のTOP10を見ると

1、霧の中の2人(マッシュマッカーン)

2、悲しき鉄道員(ザ ショッキングブルー)

3、男の世界(ジェリーウオーレス)

なんと上位3曲が洋楽、 そして8位の 京都慕情 と
9位の 京都の恋 (ともに 渚ゆうこ)は

ベンチャーズの作曲だから、5曲が外国曲ということになる。

他の曲もソルティーシュガーやドリフターズなど変わった曲が多い。

森繁久弥の知床旅情(早春賦に似ている)を加藤登紀子がヒットさせたり、

イスラエルのヘドバとダビデが ナオミの夢をヒットさせたり

そんななかで

 

よこはま・たそがれ(五木ひろし) 71年3月1日

いろいろ芸名を変えても成功しなかった 松山数夫 がついにヒットを飛ばした。

この曲、ほとんど文章になっていない 要するに 名詞の羅列 なんである。

こんな手もあるのか と思った もちろん歌は抜群にうまいし、強烈なインパクトの曲だった。

 

レコード大賞は また逢う日まで(尾崎紀世彦) 71年3月5日

 

さらに、わたしの城下町(小柳ルミ子)、

雨のバラード(湯原昌幸) と

ヒット曲が続き、しめくくりは

 

雨の御堂筋(欧陽**) 71年9月6日

 

9週連続でオリコン1位を独走し、有線大賞もとってしまった。

この曲も、作曲はベンチャーズで、外国製演歌?の大勝利となった。

 

結局この年はチャートを見る限り 演歌・歌謡曲 と 洋楽 が強く
フォークやロックは深夜放送などでブームを呼んだけれどもセールスとしては伸びなかった


© Rakuten Group, Inc.